「学問のすすめ」、ならぬ、「翻訳のすすめ」

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

「学問のすすめ」
天は人の上に人を造らず、人の下に人をつくらず

人は生まれながら平等であると言われているが、
現実には大きな差がある。それはなぜであろうか。
その理由は、学んだか学ばなかったかによるものである。

学問を身につけ、自分の役割を果たし独立すべき。
自由とわがままは異なる。学問とはその分限を知ることである。
自分の行いを正し、学問を志し、知識を広め、各自の立場に応じて才能と人格を磨き、
外国と対等に付き合い、日本の独立と平和を守ることが急務である。

福澤諭吉の「学問のすすめ」は、明治維新の5年後、1872~76年に書かれています。人口が3500万人の当時、340万部も売れた驚異のベストセラー、今日で言えば、日本の人口が1億2千万人であるとすると、なんと1200万部ということになります。


当時の日本は明治維新を経て、言わば強制的に鎖国を解かれ、本格的なグローバル社会へ突入した、まさに激動期、社会、国家革命を目前にした時です。

この本は、まさに新しい時代を拓く指南書として多くの日本人が貪り読んだ本でした。

従って、「学問のすすめ」は単なる個人の能力至上主義を唱えたものではなく、個人の社会的あり方、役割を説いたもので、個人が自立するなかで国家自体の繁栄が成し遂げられる事を説いています。

今という時代の課題を考えると、当時、日本が直面していた難題と不思議と符合すると言われます。

  • グローバル化の波が押し寄せ、右往左往する主体性を欠く日本
  • 近隣諸国が謂れなき侵略意図をほのめかし、
  • 国は長期の財政赤字で破綻寸前
  • 政府は企業優先、庶民を顧みない
  • 社会制度の崩壊、遅々として進まない構造改革

等々の状況を見ても、当時、福澤が指摘すると同様、
今こそ、次の時代への明確な展望を持つべきときに来ていると思います。
国に依存せずに、個々が自らできることを自覚するときにあると考えます。

そんな時代に福澤諭吉が唱えたのが `実学のすすめ’ 、

ここで私は、時代意識を転換する新しい視点として、優れて実践的な学であるべき翻訳、
日本の世界における新たな役割を示唆するテーマ「翻訳のすすめ」を今こそ皆さんとともに提案、考えていきたいと考えます。

嘗て、バベル翻訳大学院教授の井上健先生(比較文学会会長、日本大学教授)は本誌でこう書かれています。
「このような、日本近代において翻訳文学研究の果たした決定的役割でもってして、すべてを語り尽くせるわけではもちろんないが、翻訳文学研究が翻訳研究を主導してきたこれまでの歴史についての知見を欠いた翻訳論や翻訳理論が、薄っぺらな、実効性に乏しいものにしかならないことは、まず間違いないところである。

 
 以上を踏まえた上で、声を大にして申し上げておきたい。翻訳者は、1950年代から60年代にかけて、ヤコブソンやナイダによって提起された「等価性」(equivalence)の議論に、今一度、立ち戻ってみるべきであると。

70年代以降の翻訳学(translation studies)の発展が開拓してきた領土を軽視するわけではもちろんない。70年代から80年代にかけて、翻訳学がそのシステム論的、文化論的視点から、翻訳作品が一国の文化を書き換える可能性、逆に一国の文化のシステムが、移入された翻訳作品を書き換えて受容する可能性を、社会文化的規模で追求し、指摘してきたことはきわめて重要である。」

さて、ここからはみなさんの出番です。

翻訳を通じて、どう世界を変えるか、様々な視点でお考えください。今は、福澤が生きた時代と違い、西欧との圧倒的文明差がない時代です。そんな時代を変える、日本の世界における役割を変える新しい実践的な翻訳観を皆さんと共有していきたいと思います。

このテーマ『 翻訳のすすめ 』は、特集として、少なくとも3ヶ月間は継続し皆さんと考えていきたいと思います。

考えるにあたって、参考に2つの原稿を再び紹介いたしましょう。

ひとつは石田佳治先生(バベル翻訳大学院ディーン)の本誌に寄せていただきました
原稿「翻訳者の役割を考える」です。


「翻訳者の役割を考える」 
 役割とは割り当てられた役目、期待されあるいは現に遂行している役目あるいは貢献ということです。政治家の役割、経営者の役割、教師の役割というように、それぞれの職業なり地位なりについてそれぞれの役割があります。
 翻訳者の役割とは何でしょうか。翻訳者の社会的役割、顧客に対する役割、将来的な役割について考えてみましょう。 

1. 翻訳者の社会における役割 
 我が国の歴史における著名な翻訳者であった人達、経典を翻訳した空海、江戸期に解体新書を翻訳した杉田玄白、幕末期に西洋兵学を翻訳した高島秋帆、大鳥圭介、大村益次郎ら、明治期にフランスやドイツの民法典やその他の法律を翻訳した蓑作麟祥、西周、穂積陳重らの業績を考えれば、翻訳者の社会に対する役割がわかります。

 
 社会は自ら文明を発展させ文化を伝播あるいは受容するものですが、翻訳者はこれら文明の発展、文化の伝播の重要な担い手です。他の国の文化や文明は翻訳者なしでは伝わってきません。翻訳者があってこそ、自国と異なった文明や文化をその社会の人達が理解し、それを取り入れ受容するのです。翻訳者はまた自国の文化や文明を他国の人達に伝える役割をもっています。異質の社会が翻訳者の仲介によって触れ合い相互に影響を与え、或いは影響を受けながら発展していくものなのです。
 

 
2. 出版翻訳における翻訳者の役割 
 明治時代の小説出版業界において翻訳者が果たした役割は、二葉亭四迷、坪内逍遥、黒岩涙香などの翻訳文学者の業績を考えてみれば分かります。明治から大正にかけての時代、日本人の書き言葉、話し言葉は大きく変わりましたが、これは西洋文学を精力的に日本語に訳した翻訳者たちの貢献によるものです。現在でも出版点数の1割を翻訳出版が占めていますが、新しい風潮の紹介はまず翻訳から始まります。読者は身の回りにない海外の風物や外国の人の生き方考え方を翻訳小説というエンターテインメントを通じて知るわけですが、この面における翻訳者の影響力は非常に大きいものがあります。 

 
3. 産業翻訳における翻訳者の役割 
 グローバリゼーションが一般化していなかった戦前の大正、昭和の初期にも産業翻訳者は居ました。三井物産、日本郵船、横浜正金銀行などの海外貿易従事企業には翻訳者が居て信用状や船荷証券や貿易契約書を訳していました。現在の日本の貿易取引の基本はこの時期に作られたのです。戦前の東京高商(現在の一橋大学)や神戸高商(現在の神戸大学)の授業はこれらの文書を使って教えられていました。戦後のアメリカ軍占領期には大量の日本人翻訳者が雇われ法令その他政治に関する文書を翻訳しました。その後の日本の成長期における技術説明書、取扱説明書、契約書なだの翻訳需要が急成長し、産業翻訳者の数が激増したことはご存知の通りです。今では産業翻訳者は日本の産業界に欠かすことのできない重要な存在になっています。
 
 
4. 今後の翻訳者の役割 
 産業翻訳に関しては、日本の産業は今後も世界経済における重要なプレーヤーの地位を保ち続けるでしょうから、相変わらずの需要が継続するでしょう。産業翻訳者は引き続き重要な役割を果たし続けるでしょう。なかでもIT、バイオ、特許、金融などの分野の産業翻訳者の需要は高いでしょう。

 
 出版翻訳に関しては、今後重要な役割を果たして行くと思われるのは日英翻訳者です。日本文化の発信が重要課題となってきますし、外国の側からも日本のマンガや歴史小説などに対する関心と需要は益々高くなっていくものと思われます。
 

 
5. 教育における翻訳者の役割 
 現在は、翻訳は大学を卒業した社会人が行うものであり読むものとなっていますが、今後は、まずは大学生、そして高校生中学生とバイリンガル(日本語英語併用)になっていくものと思われます。そのような社会になったときに教育の分野で日英両語による教科書やサブテキストの需要が生れてくるでしょう。そうなった時には、翻訳者は教育において重要な役割を果たす存在になるでしょう。複数言語を普通に使っているスイス人やベネルックス3国のような社会に、日本はなるのです。翻訳者は自らの役割について、そのような時期のことも考えておくべきでしょう。
                              (石田原稿は以上)

次に、前々号で課題提起をした、「翻訳のプロフェショナリズムの確立」、に継いで私が書いた「翻訳のアマチュアリズムを極める」の原稿をお読みください。
すなわち、翻訳の役割は単にプロの翻訳者が担うだけではなく、一般の翻訳学習者が果たすべき役割も見逃せないという点です。


「翻訳のアマチュアリズムを極める」
バベルグループの使命に関して「翻訳のプロフェショナリズムの確立」と言ったそばから、なぜアマチュアリズム?とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。
別に、ボランティア翻訳を推進しようと言うわけではありません。

これを別の言い方をすれば、「教育的翻訳を極める」と言っていただいても構いません。
教育的翻訳というと馴染みがないと思いますが。

教育的ディベート(Academic Debate)をご存知でしょうか。バベルでも90年代に約10年間、米国のディベートチャンピオンとコーチ(教授)を日本に招請して、日本全国の教育的興行を全面的に後援しておりました。日本語と英語でディベートを行い、ディベートの効用を謳ってきました。当時は松本茂先生(バベルプレスで「英語ディベート実践マニュアル」刊行、現立教大学経営学部国際経営学科教授、米国ディベートコーチ資格ホールダー)、故中津燎子先生(書籍「なんで英語やるの?」で大宅壮一ノンフィクション賞受賞)にお力添えをいただいておりました。

話が横道に逸れてしまいましたが、教育的ディベートとは、論理構成力を涵養する教育の一環としてディベートの手法を活用しようという考え方でした。

ここで私が言う、「教育的翻訳とは」大学生以上の成人層を対象とするものと小中学生等を対象にするものとを考えているのですが、プロ翻訳家の養成という意図はありません。
ここでは説明をわかりやすくするために、後者の例をお伝えします。

バベルグループの歴史が40年となることはこれまでにお伝えしました。その間、翻訳に関しても様々な実験的な試みをしてきました。私が前職(JTB外人旅行部)からバベルに転職したときのバベルの面接官が、当時教育部長をされていた故長崎玄弥先生でした。長崎先生は海外に行くこともなく、英語を自由に操る天才的な方でした。当時は奇跡の英語シリーズで100万部を越えるロングセラーを執筆されておりました。
その面談は急に英語での面談に切り替わって慌てた覚えがあります。

その長崎先生と翻訳に関するある実験的な企画をしました。

当時、中学の1,2年生を7,8人募集して、中学生に翻訳(英文解釈、訳読ではない)の授業をするという試みでした。週に2,3回、夕方を利用して、かれらに英米文学(ラダーエディション)の翻訳をさせたのです。詳細は置くとして、それから約1年後は、なんと彼らの英語、国語、社会の成績が1,2ランク上がったのです。英語の成績が上がるのはもっともとしても、社会、国語の成績が上がった時は、翻訳という教育の潜在力を実感したものです。あれから20余年、懸案を実現するに、時が熟して来たと感じています。

現在の英語教育では、文法訳読形式が否定され、コミュ二カティブは英語教育が推進されるなか、実効性が上がらないのを目の当たりにして、明治時代以前の教育にも見られる「教育的翻訳」の必要性をうすうす感じているのは私だけではないのかと思います。

また、余談を言わせて頂ければ、コミュ二カティブな英語を涵養する優れた教育方法は「教育的通訳」とバベルでの企業人向け教育の経験で実感してきました。
これはのちに上智大学の渡辺昇一先生(現上智大学名誉教授、書籍「知的生活の方法」で一世を風靡)が、その実効性に関する大部のレポートを発表されておりました。

話が横道に逸れてしまいましたが、この「教育的翻訳の普及」が、言語教育、異文化理解、異文化対応、感性の涵養等、小中高等教育のみならず成人教育、更には日本の世界における新たな役割認識に新しい地平を拓くものと信じています。
                              (堀田原稿は以上)


最後に以下の拙稿、「世界が一つの言葉を取り戻す」も参考にして頂ければと思います。

「翻訳のすすめ」を考えるにあたり、発想をゆるめ、抽象化するひとつの方法として、私が執筆した「世界が一つの言葉を取り戻す」も読んでいただければ幸いです。


「世界が一つの言葉を取り戻す」

バベルと長いお付き合いの方はバベルの塔の神話をご存知のかたは多いことでしょう。
しかし、バベルの塔の神話の真のメッセージは必ずしも人間の傲慢を諌めることだけではないというところから出発したいと思います。

それは、20年以上前にオーストラリアの書店で見かけた子供向けの聖書に書かれた解釈でした。

神は、人が、ひとところに止まらず、その智恵と力を世界に広げ繁栄するようにと願い、世界中に人々を散らしたという解釈でした。すると、散らされた民はその土地、風土で独自の言葉と文化を育み、世界中に多様な言語と文化を織りなす、一つの地球文化を生み出したのです。

しかし、もともとは一つだったことば(文化)ゆえに翻訳も可能であるし、弁証法的に発展した文化は、常に一定のサイクルで原点回帰をしているので、ただ視点を変えるだけで、結局、同じことを言っていることが分かるのではないでしょうか。

しかし、人間のエゴの働きと言えるでしょうか、バベルの塔のころからの傲慢さゆえに、自文化が一番と考えることから抜けきれないでいると、もともと一つであるものでさえ見えず、理解できず、伝える(翻訳)ことさえできなくなってしまうのかもしれません。

翻訳の精神とは、自らの文化を相対化し、相手文化を尊重し、翻訳するときは自立した二つの文化を等距離に置き等価変換する試みであるとすると、その過程こそ、もともと一つであったことを思い返す試みなのかもしれません。

「世界が一つの言葉を取り戻す」、それは決してバベルの塔以前のように、同じ言語を話すことではないでしょう。それは、別々の言語を持ち、文化を背負ったとしても、相手の文化の自立性を尊重し、その底辺にある自文化を相対化し理解しようとする‘翻訳者意識’を取り戻すことなのではないでしょうか。

バベルの塔の神話はそんなことまでも示唆しているように思えます。

また、ここに翻訳の本質が見えてきます。

昨日、あるテレビ番組で、日本料理の達人がルソン島に行き、現地の子供の1歳のお祝いの膳を用意するという番組を観ました。おそらく番組主催者の意図は世界遺産となった日本料理が、ガスも、電気コンロもない孤島で通用するかを面白く見せようとしていたのでしょう。

この日本料理の達人は自らの得意技で様々な料理を、現地の限られた食材を使い、事前に現地の人々に味見をしてもらいながら試行錯誤で料理を完成させいくというストーリーでした。そして、最後は大絶賛を得られたという番組でした。

しかし、かれはその間、自ら良しとする自信作で味見をしてもらうわけですが、一様にまずいと言われてしまいます。しかし、何度も現地のひとの味覚を確認しながら、日本料理を‘翻訳’していくのでした。そこには自文化の押し付けもなければ、ひとりよがりの自信も見られません。ただ、現地のひとの味覚に合うよう、これが日本料理という既成概念を捨て、日本料理を相対化し、自らのものさしを変えていくのです。

世界には7,000を越える言語、更にそれをはるかに越える文化が有る中、翻訳者が翻訳ができるとはどういうことなのでしょうか。

翻訳ができるということはもともと一つだからであり、
翻訳ができるということは具象と抽象の梯子を上がり下がりできるということであり、
翻訳ができるということは、自己を相対化できるということでしょう。

例えば、世の中には様々な宗教があり、お互いを翻訳しえないと考えている方が多いのではないのではないでしょうか。

しかし、一端、誰しも翻訳者であると考えてみましょう。翻訳者という役割が与えられた時点で、自らの言語、文化を相対化する必要があります。翻訳する相手の文化を尊重し、自国の文化を相対化し、相手の国の人々がわかるよう再表現をする。

「翻訳とは、お互いの違いは表層的なものであり、もともとは一つであることに気づき、お互いを認め、尊重し合う行為である」と考えれば、「優れた翻訳者を世界に送り出すことで世界を一つにする」ということは、あながち、夢物語だとは言えないのではないか、と考えます。

さて、長くなりましたが、「翻訳のすすめ」、みなさんの多様な観点の寄稿をお待ちしております。なお、この3ヶ月に亘るみなさんの寄稿はまとめて本にしたいと考えております。
紙幅により、全ての原稿を掲載できると限りませんが、奮ってご応募ください。

– 副学長から聞く - 翻訳専門職大学院で翻訳キャリアを創る方法

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