グローバルに起業するノウハウ 第1回

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第1回 グローバル翻訳市場と日本の翻訳市場の違い

グローバル翻訳市場で活躍するには、まずグローバル市場の成り立ちや、日本の翻訳市場との違いを把握することが重要です。

翻訳会社の変遷

インターネット上に翻訳市場が出現したのは、商用インターネットが実用化された1990年代半ば以降のことですから、せいぜい20年程の歴史しかありません。それが今では、世界のほとんどの国で、規模の大小を問わずインターネットを駆使して営業する翻訳会社が存在します。

翻訳会社の中には、バベルのように、インターネットが実用化される前から翻訳会社として事業を展開し、インターネットの実用化に合わせてオンライン向けに事業を編成し直した翻訳会社もありますが、残念ながら時代の流れについていけずに消えていった翻訳会社もあります。

代わって台頭してきたのが、インターネット実用化後に設立された翻訳会社です。地元で発生する翻訳案件を扱う小規模な会社から、大企業を中心に、企業や公共事業体の案件を扱う会社などさまざまな形態がありますが、海外の大半の翻訳会社では多言語を取り扱っています。なかでも、マルチランゲージベンダー(MLV) と呼ばれる、全世界に支店を持ち、多言語の翻訳を扱っている大手翻訳会社は、「ワンストップソリューション」を目指して、さまざまな分野に事業を拡大しています。日本に支店を構えている大手MLVも何社かあります。

翻訳業務には、多言語への翻訳だけではなく、デスクトップパブリッシング(DTP)、ソフトウェア、ウェブサイト、Eラーニングモジュール、動画、ゲームや漫画のローカライズや製作など多岐にわたりますが、MLVはこうした業務を自社でまとめて行う「ワンストップソリューション」をクライアントに提供しています。また、最近では、法律、ゲームや漫画、特許などに特化した多言語翻訳会社も出現しています。

海外の翻訳会社と日本の翻訳会社の違い

取り扱い言語

海外の大半の翻訳会社は多言語を扱い、ひとつの案件を複数の言語に翻訳するプロジェクトに対応しています。これは、大部分の案件が文書の作成元から発注されること、英語圏以外の翻訳会社でも、プロジェクトマネージャーがほぼ全員英語でコミュニケーションをとれるため、全世界から翻訳者を募集できることにより可能となります。

一方、日本の翻訳会社が取り扱う案件の大半は、クライアントが第三者の企業や機関から入手した外国語(主に英語)の文書を翻訳します。また、ほとんどの案件は外国(英語)から日本語への単一方向の翻訳です。日本でも多言語を扱っている翻訳会社はありますが、日本の翻訳会社は日本で銀行口座を保有していることを条件に翻訳者を募集するため、日本に居住している、または過去に居住していた人しか翻訳者として応募できないことから、人材が限られてしまいます。また、英語でコミュニケーションを取れないコーディネーターも多いため、海外の翻訳会社のように多言語のプロジェクトを実施するのは困難な状況です。

翻訳に必要な技術

元々はソフトウェアのローカライズから発展してきたMLVをはじめ、グローバル翻訳市場の大手の翻訳会社は、最新技術を採り入れることに抵抗がありません。PDFを利用した紙原稿の添付ファイルへ変換、CATツールの採用などは、かなり初期の段階から実現していました。また、翻訳者の登録システム、案件の原稿の受け渡しシステム(エクストラネット)、Invoice作成システムなど、翻訳会社自身や翻訳者の作業負担を軽減するシステム、Skypeなどソーシャルネットワーキング(SNS)によるコミュニケーションも積極的に採り入れています。

日本の翻訳会社は、私の印象では翻訳に必要な技術面の整備が海外の翻訳会社と較べて非常に遅いと思います。たとえば、上記で紹介したPDFの技術を海外の翻訳会社が採り入れ始めた15年程前に、日本の翻訳会社はまだファックスで翻訳原稿を送信していました。全社的なCATツールの採用や、翻訳者専用のシステムの構築を積極的に行って、翻訳業務の効率化を図っている翻訳会社もあまり多くありません。

翻訳者の資格

海外の翻訳会社では、まず書類 (CV) 審査で翻訳者の実力を判定しますので、翻訳経験も重要ですが、翻訳関連の学部や大学院を卒業していると非常に有利になります。実力のある翻訳会社は、昨年4月に発行されたISO17100:2015認証を取得するために、翻訳者の条件として認められている翻訳関連の学位・修士の保有者を必要としています。

日本の翻訳会社は、日本に翻訳学部がある大学が存在しないせいもあり、体系的な翻訳の学習が重んじられていないような印象を受けます。翻訳者の採用条件も、どちらかと言えば翻訳に関連のない専門学部を卒業し専門知識を有していること、長年の翻訳者としての経験に頼っているようなところがあります。

翻訳会社と翻訳者の関係

取引を始める前に翻訳会社と締結する契約書(たいていの場合は、「秘密保持契約」)では、翻訳者をContractor(請負業者)と表現していますが、実際に取引を始めると、プロジェクトマネージャーは翻訳者を対等に扱ってくれます。翻訳者として常識的に振舞っている限り(納期を守る、指示を守る、高品質の翻訳物を提出するなど)、都合が悪くて案件を断わり続けたり、数週間休みを取っても、仕事が途切れるということはありません。また、信頼関係が築かれると、翻訳会社のパートナーとして、トライアルの採点を任されたり、大型案件の進め方について相談を受けたりすることもあります。

日本の翻訳会社では、翻訳者はあくまでも「仕事をいただく立場」のような印象があり、仕事を断り続けたり、長い休みをとると仕事が来なくなったりすることがあるようです。実際、5月に日本に帰国した折に、「そんなに長い間(実際は3週間)休んで、仕事が来なくなるのではないか」と多くの方から心配していただきましたが、トルコに帰国後も通常通り案件を発注しています。日本では翻訳会社にそれほど忠誠を示さないと仕事をもらえないのか、と逆にこちらが驚いた次第です。

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<質問>
グローバル翻訳市場で必要とされるスキルは何ですか。
<回答>
グローバル翻訳市場では、英語圏、非英語圏の国を問わず、英語がコミュニケーションの標準語となりますので、英語によるコミュニケーション(電子メールの読み書きは必須、できれば電話、Skype、TV会議でのコミュニケーション能力)が必須です。また、翻訳会社で使用しているCATツールに習熟していること、翻訳会社が開発した案件処理システム(ファイルのダウンロードとアップロード、Invoiceの作成など)を抵抗なく使える能力も必要です。
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※ 今回ご質問をお寄せいただいた皆様へ ※
今回の特集に関連して、沢山のご質問をお寄せいただきありがとうございました。記事の中でお答えする予定でおりましたが、
内容が多岐にわたり全部の質問には回答できないかもしれませんので、残りは連載最終回にまとめて回答したいと思います。

また、7月26日(火)18:00~(日本時間)、このテーマに関して、日本翻訳協会主催でセミナーを実施する予定です。ZOOMで世界中から参加できます。

沢山の方の参加をお待ちしています。

ハクセヴェルひろ子

ハクセヴェルひろ子
大学卒業後、商社と金融機関勤務を経て、1992年トルコに移住。
2005年バベル翻訳大学院修了。翻訳修士。
2008年Proz.com Certified PRO認定。現在フリーランスで翻訳業に従事。