NEW! 国家戦略としての‘翻訳’

国家戦略としての‘翻訳’

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

日本は明治の近代化で翻訳を通して知的な観念を土着化し、だれでも世界の先端知識に触れられる環境を創ってきました。ひとつ間違えれば、国の独立さえ危ぶまれた明治の日本は
当時の英語公用語化論を退け、翻訳を通じて日本語による近代化を成し遂げました。

明治維新以降、先人、福澤諭吉、西周、森有礼,中江兆民等々が、西欧文化、技術、制度、法律等、日本にない抽象概念を数々の翻訳語を創って受け入れてきました。 Societyが
社会、 justiceが正義、truthが心理、reasonが理性、その他、良心、主観、体制、構造、弁証法、疎外、実存、危機、等々。

こうした先人の努力をよそに今こんなことが起こっていることをご存知でしたでしょうか。それは政府部内で検討された英語特区という公の場では日本語で会話はご法度という制度です。こんな制度がまかり通っていいのでしょうか。

英語至上主義、日本でも喧しく企業内の英語公用語化の話題がマスコミを賑わせていますが、これこそグローバリスト、国際金融資本家の思う壺。日本が二流国に転落するのが目に見えています。

この辺の事情を歯切れのよい文章で書かれた施光恒(せ てるひさ)氏の「英語化は愚民化―日本の国力が地に落ちる」(2015年7月刊、集英社新書)は説得力のある素晴らしい本でした。

この本にもあるように、英語による支配の序列構造の中で、第二階層、すなわち、英語を第二公用語として使う、インド、マレーシア、ケニアなどの旧イギリス植民地諸国、フィリピン、プエルトリコなどの米国占領下にあった諸国のことです。かれらはある意味、英語公用語を採用して、二流国を甘んじて受け入れた国と言えるでしょう。

最近では日本の東大がアジア地域での大学ランキングが昨年までの第一位から七位に転落とマスコミでは自虐的論調が聴かれますが、その主たる理由は、授業が英語で行われている割合が少ない、執筆される英語論文の割合が少ないなどが問題にされているように思います。しかし、考えてみてください。英語圏以外で先進の学問を日本語、自国言語で学べる国は日本以外ではあるでしょうか。おまけに、世界中の古典が読める稀有な国日本、これを皆さんはどこまで自覚しているでしょうか。

一方、あの理想国家といわれるシンガポールの現況は、常に複数の言語を学ばなければならないことから始まり、エリート主義による経済格差の拡大、国民の連帯意識の欠如。そして、独自の文化、芸術が生まれない文化的貧困を皆さんはご存知でしたでしょうか。これこそ、英語化路線の一方のひずみと言えると思います。

日本は、翻訳を盾に、日本語が国語である位置を堅持して、決して日本語を現地語の位置に貶めませんでした。

これは以下の日本語と日本文化の歴史とこれに裏打ちされた利点を考えれば至極当然のことに思えます。

・6,7世紀ころから中国文明を消化、吸収するに中国文化を和漢折衷で 受け入れ、真名、仮名、文化を作り上げできた。

・50万語という世界一豊かな語彙をもつ日本語。英語は外来語の多くを含んでの50 万語、ドイツ語35万語、仏語10万語。まさに、言霊の幸はふ国日本。

・古事記、日本書紀、万葉集など、1,000年前文献でもさほど苦労なく読める日本語。一方、英米では1,000年まえの文献は古代ギリシア語、ヘブライ語が読めなければ一般の人は読めない。

・世界200の国、6,000以上の民族、6,500以上の言語の内、50音の母音を中心に整然と組み立てられ、・平仮名、片仮名、アルファベット、漢数字、ローマ数字等多様な表現形式を持つ言語、日本語。

・脳科学者角田忠信が指摘しているように、西欧人は子音を左脳、母音を機械音、雑音と同じ右脳で処理、また、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音をノイズとして右脳で受けている。対して、子音、母音、さらには小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音までも言語脳の左脳で受け止める日本人。そこから導かれるのか万物に神を読む日本人。

・ユーラシア大陸の東端で、儒、仏、道、禅、神道文化を発酵させ、鋭い感性と深い精神性を育んできた日本文化。

・「日本語の科学が世界を変える」の著者、松尾義之が指摘しているように、ノーベル賞クラスの科学の発明は実は日本語のおかげ。自然科学の分野ではこれまで約20の賞を
受賞。アジア圏では他を圧倒。

ここで、一見無関係に思われる、最近の世界情勢を見てみましょう。

Brexit(Britain+Exit), 英国の国民投票によるEU離脱の衝撃は、日本、そして世界の経済、政治に大きな影響を与えつつあることはご承知かと思います。

フランスは決選投票の結果、EU離脱派のルペン氏を抑え、無所属のマクロン氏が勝ったとは言え、無所属のマクロンが政党を設立し国民議会577議席の単独過半数の支持を得て首相とともに今の路線で歩めるのかまだまだまだ予断を許せません。

EUは解体に向けて歩む?のかもしれません。実際、オランダ、イタリア、オーストリア、デンマーク、スウェーデンももしかしたら、という状況のようです。

では、このBrexit以降の世界情勢はどんな方向を示唆しているのでしょうか。

それは、
GlobalismからNeo-nationalism (Localism)へ
  国境を無くし、人の交流を自由化し、市場を開放する方向から、難民の無制限な移動の制限をし、国家を取り戻す方向へ
  ElitismからPopulismへ
  国際金融資本家に代表されるエリート主導から大衆主導の時代へ

これは、ヒラリーVSトランプの構図も見え隠れしていました。
トランプの‘アメリカファースト’もある意味、Neo-nationalism (Localism)とPopulismへの傾きといえるでしょう。

グローバリストが新自由主義の政策、開放経済、規制緩和、小さな政府、これに基づき世界経済の再編を進めてきたわけですが、これに異議を唱えたのがこれらの動きと言えます。

今まさに、大きな潮流は、ローカル、それもグローカル、開かれたローカリズムの時代に突入しつつあるように見えます。

ここにこそ‘翻訳’の存在意義が見いだせます。

個々の自立した文化をお互いに尊重し、そのうえで、翻訳による相互交流を行う、そんな翻訳的方法が見直されています。

件の英語特区の提案者が言うような、言語は単なるコミュニケーションのツールではないでしょう。言語は使う人の世界観を作り出していますし、日本であれば日本語が日本人の考え方、感じ方、日本社会の在り方まで創り出してしまいます。

従って、日本社会の英語化を安易に進めることは日本のアイデンティティ、強みを破壊する行為といえるでしょう。思いやりや気配り、日本人の持つ鋭い感性や深い精神性は日本語、日本語脳、日本文化のなせる業でしょう。

ユーラシア大陸の東端にあり、儒教、仏教、道教、神道、禅が混ざり合い発酵した日本文化は我々が誇れる知的資産です。

鈴木孝夫氏のタタミゼ効果はご存知かと思いますが、もともとこれはフランス語ですが、日本人ぽくなる、人との接し方が柔らかくなる、対決から融和に導く、日本語を学んだものが
そのように変わると言われています。

ことほど左様に、世界は個々の自立を前提にそのコミュニケーションの方法論として‘翻訳’を求めています。

グローバリストの脅し、誘惑に左右されずに、これからの世界における自国語、日本語の意義、そして、翻訳の意義を堂々と主張しましょう。

お互いの文化を尊重し翻訳を通じてハーモナイゼーションを計る、素晴らしい時代の到来です。

まさしくバベルの塔を英語という一つの言語で創ろうとしている特権階級のグローバリストに神は怒り、神は別々のことばを与え、世界へ散れと言っているかのようです。

多言語、多文化共生世界の入り口に今我々はいるのかもしれません。

日本も国家戦略、言語戦略の一環として‘翻訳’を考える時代に入ったと考えるべきではないでしょうか。加えれば、私は日本が平和を謳歌してきたことをもって不沈戦艦大和神話を支持するつもりはありません。永世中立国スイスがそうであるように、地政学的適度な危機感をもって自主防衛力を持つべきと考えます。その一環として、翻訳戦略は欠かせないと考えている次第です。                                

以上

 

– 副学長から聞く - 翻訳専門職大学院で翻訳キャリアを創る方法

hotta1

海外からも参加できるオンライン説明会

◆ 卒業生のキャリアカウンセリングを担当する副学長が、入学及び学習システムからカリキュラム、各種奨学金制度、修了生の活躍、修了後のフォローアップなどを総合的に説明いたします。

◆ 海外在住の方にも参加いただけるように、インターネットweb会議システムのZoomを使って行います。 奮ってご参加ください。Zoomのやさしい使い方ガイドはこちらからお送りします。