NEW!!日本語が世界を救う

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

今回は、我々日英間の翻訳者が最も大事にしなければならない日本語を学校で学んだ既成概念を取っ払って考えていきたいと思います。ご紹介する深い話はカナダのモントリオール大学で25年に渡って日本語を教えてきた金谷武洋氏の「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」(2018年10月11日飛鳥新社発行)に収められた体験談に基づくものです。

ウォーフ・サピアの仮説をご存知でしょうか。これは、母語、つまり子供の時に家庭で覚えた言葉で、世界の見方が決まる、という仮説です。ここでは、第2外国語として学ぶ言語も学ぶ人の新しい世界の見方を形作る、という話です。

では、著書で紹介されている順どおりではないのですが、日本語とはどんな言語なのか、
読者が翻訳者をめざされる方が多いので、これに関するエピソードから始めたいと思います。

まず、NHK教育テレビ「シリーズ日本語」という番組での話で、番組の講師は言語学者の
池上嘉彦氏。この番組の中では、川端康成の有名な作品「雪国」の冒頭部分の日本語とE・サイデンステッカー氏の英語を比較することで日本語の特性、英語の特性を知ろうとする
ものです。

「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった」という日本語とその英訳「The train
came out of the long tunnel into the snow country.」を考察しています。

この原文の日本語を追体験すると、「今、列車はトンネルの暗闇の中を走っているが、私はその社内に座っている。おやおや、だんだん窓の外が明るくなってきたぞ。やっと長いトンネルを抜けるみたいだな。そーら、外に出たぞ。うわー、山のこちら側は真っ白の銀世界じゃないか。雪国なんだ。」

すなわち、時間の推移とともに場面が刻々変化していくのを読者が感じていて、主人公が汽車の中にいて読者の視線も主人公の視線と重なり合い、溶け合っていると言うのです。

これに対して、英訳のThe train came out of the long tunnel into the snow country.は、
どのように受け止められるかを、その場に呼んだ英語話者に絵で情景描写をさせています。

すると、全員が上方から見下ろしたアングルでトンネルを描いたと言います。
日本語では汽車の中にあった視点が、英訳では汽車の外、それも上方へと移動しているわけです。

そして、池上氏がこの違いを、日本語には主語がない、しかし英語には主語が必要なので
The trainをもってきたことにより、日本語には時間の推移、流れがある動画だったのが、時間の流れのない一枚の写真のような英語表現になってしまった、と結論づけていました。

このように、日本語の立ち位置では、私は話し手には見えなくなると言います。
すなわち、英語のように常に主語を必要とする言語は、状況から身を引き離す役割があります。

すなわち、英語は主語(私)と目的語(相手)を切り離して対立する世界にする、と言います。

例えば、広島の平和公園の中の慰霊碑の碑銘に「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と書いてありますが、ここには誰の過ちかは明らかにされていません。ここには私とあなたの共存し、あたかも敵と味方の共存する姿を暗示しているかのようです。

この著書の中では、さらに身近な「ありがとう」、「おはよう」と言ったことばを探り、日本語の本質に迫ります。

日本語の「ありがとう」には話し手も聞き手も、つまり人間が出てきません。
それに対してThank youはI thank you.となります。

日本語の「ありがとう」は「有難う」、すなわち、あることが難しいという形容詞。
「めったにない」という状況を表現しています。従って、著者は、英語は「(誰かが何かを)する言葉」、日本語は「(何らかの状況で)ある言葉」、としています。

また、日本語の「おはよう」は、英語のI wish you a good morning.で、わたしが登場し、この朝がいいものであるようにと、積極的な行為を表現しています。

対して日本語のおはようようございます、は二人が「まだ早い」という状況で心を合わせているのです。ふたりはそう共感しているわけです。

すなわち、日本語は共感の言葉、英語は自己主張と対立の言葉と言えそうです。

著者は日本人と出会うことで、また、日本語の学習を通じて、学習者の世界観が、競争から共同へ、直視から共視へ、抗争から共存へ変わると言います。

日本語という言葉そのものの中に、自己主張にブレーキがかかるような仕組みが潜んでいるのではないでしょうか。

一方で、英語話者はListen to me.、Let me tell you something. 、 You won’t believe this.
など、上から目線で自己主張してくるわけです。

金谷先生は最後の章を「だから、日本語が世界を平和にする!」と結んでいます。

金谷先生は言います。「海外で長年日本語を教えてきた人間の目で日本語を外から見ると、
日本語は大変人気がある。」

国際交流基金が3年ごとに行っている「海外日本語教育機関調査」によると、最新2015年のデータでは、137の国・地域で日本語教育の実施機関数は16,167機関、 教師数は64,041人 、学習者数:3,651,715人とのこと。もはや日本語は日本列島で日本人にしか話されない「閉ざされた言葉」、「滅びゆく言葉」と言うのは間違っていると言います。

そして、日本語学習者の学習動機は、日本のことが好きということのようです。すなわち、日本の自然、日本の文化、日本人の優しさが評価されているようです。

金谷先生の経験から言うと、日本語を学習すると性格が変わってしまう。攻撃的な性格が温和な性格になると言います。

わたしもバベルの大学院関係者でご主人が日本語が多少ともできる英語話者である場合、
喧嘩をしたときに日本語に切り替えると喧嘩は収まることが多いと聞きます。
これが所謂、フランス語で言うtatamiser効果ということなのでしょう。

日本語の学習を通じて、学習者の世界観が、競争から共同、直視から共視、抗争から共存に
変わっていくと結んでいます。日本語は最も平和志向が強い、ロマンチックで幸せな美しい言葉と自信をもって言えると言います。

最後に金谷先生は結びます。
1. 日本語を勉強したいという学生が増え続けていること
2. 日本を体験した学生はさらに日本が好きになって、日本にとって大切な味方、つまり親日家と呼ばれる人材に育って行くことこの2つは紛れもない事実と言います。

今、世界の文化の潮流は西から東へ、男性性から女性性へ向かっていると言われます。

日本人はもっと自信をもって、しかし、母性的強い意志と日本語で世界を調和していくことが必要と心から確信します。